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はじめての方へ

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カキクケコトリは「サードプレイス」として、近隣店舗のうちくらしをあそぶ展、オリーブガーデン、出茶屋小屋ご利用のお客様並びに、奨学生から浪人、大学生までの学生さん、保護者同伴の就学前のお子様に無料でいつでも自由にご利用いただいております。
施設内では、備え付けの本を読んだり、机で勉強したりできます。また、お子様には奥の棚に置いてある知育玩具で遊んだり、絵本を親子で読んで時間をお過ごしいただけます。
書籍については、貸出も行っております。貸出の方法やその他詳細につきましては、GUIDEのページをご覧下さい。
当施設の運営者(PEOPLE)が書く、書評、哲学関連のエッセイがこのウェブサイトに投稿されることがあります。「登録」ボタンからメールアドレスを登録していただければ、更新したらメールで本文が届きます。

『フーコー入門』(中山元・著 2005年初版刊行)

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おもしろ。 リカードが価値の源泉と考えたのは、もはや古典主義時代のように表象の能力によって規定することはできない人間の生身の労働である。リカードは人間の身体を消耗させる労働という概念に基づいて、価値の形成と価値の表象性を分離させた。これによって経済という概念そのものに、時間と歴史が浸透し始める。 リカードにおいてはこの歴史は、窮乏の歴史であり、財の稀少性の歴史であった。「歴史の一刻一刻において、人間は死の脅威のもとで労働するほかない。すべての住民は、新しい資源をみいださなければ、消滅するように運命づけられている」。このように経済を可能とし、必要とするのは、稀少性という基本的な状況であり、労働はこの稀少性を一時的に克服し、一時的に「死に打ちかつ」方法である。ホモ・エコノミクスとは、人間自身の欲求と、欲求を満足させる物を、自らのうちで表象する人間ではない。差し迫った死から逃れるため、その生涯を過ごし、すり減らし、失っていく人間にほかならない。それこそ有限な存在なのである。(『言葉と物』第八章)中山元.フーコー入門(ちくま新書)(Kindleの位置No.1117-1126).筑摩書房.Kindle版まあこれ読んで、思い当たるのは私の「逃避癖」(診断としてはADHD)であろう。結局わたしが何から逃げているかといえば、もう何十回、何百回とやってきた単調な仕事からである。
皿洗いや掃除経理や行政手続き仕事の諸々これらは、着手すれば必ず一定の時間を消耗することが分かっている。皿洗いは、10分。経理は、1時間。仕事は、3時間、等々。時間は否応なく認識されている。作業完了までにかかる経過時間を認識している。着手すれば、その作業を終えるのに必要な定型時間分だけ、私は死に近づく。もっとも避けたい「死」に、最も確実に近づくことになる。つまり、ルーティンワークの着手(開始)は、我が人生の残り時間を計測するタイマーのスタートボタンを押すことに等しい。まるで自分が、死刑執行のボタンを押すようなものだ。これほどの苦痛はないだろう。ルーティンワークの履行とはすなわち死刑執行人として収監されている私にもたらされる「執行日までの残り時間」の宣告にほかならない。こういう私の実感は、リカードにもシェアされていたことが、この本を読むと分かる。すべての人にもたらされる死。その有限性の認識こそが、人間の動機におい…

『絶望を希望に変える経済学』、『フーコー入門』など入荷

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今日新たに、冷蔵庫の書棚に新しい本を入荷しました。絶望を希望に変える経済学フーコー入門Raspberry Piで学ぶ電子工作いちばん最後の電子工作の本は夏休みの自由研究にも好適かと。

新本、冷えてます

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今日から、カキクケコトリでは新本の販売を始めます。棚は冷蔵庫に特設しました。ほかの本と区別するためです。
販売する書籍のリストです(価格は税込み価格)。

●時間かせぎの資本主義 4,620円 ●新実存主義 880円 ●現代経済学の直感的方法 2,640円 ●高校生からわかる「資本論」759円 ●学校へ行く意味・休む意味 1,650円
冷蔵庫内の書籍は、貸し出せません(販売用です)。
お求めの方法はQRコード決済です(非対面販売です)。24時間365日ご利用可能。なお、くらしをあそぶ展営業中に店頭にお持ちいただければ現金でもお支払いができます(対面販売)。

『武器としての「資本論」』からの簾の設置

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東京は先週土曜日8月1日にようやく梅雨が明け、今日は本格的な猛暑日となっております。 奥の席が満席だったので、写真の彼は西日を臆することなくラップトップを開いて勉強を始めました。 ちなみに彼はこの4月から高校一年生になった小金井市民ですが気の毒なことにコロナのせいで全部授業はオンラインです。
それを見た私は、去年からの課題だった「簾の設置」を超高速で実行し、ものの30分程度で完了しました。簾はサンドラッグで1,500円くらいでした。
マルクスの資本論の言葉を借りると、私は相対的剰余価値の創出に貢献したんですけれども、私の仕事が発火するのに彼の存在は不可欠です。となると彼もまた、相対的剰余価値を作る労働をしたということになります。ところが、じつは彼がここに来るためには、彼が着ている服の洗濯や、彼の食事を世話した彼の家族の家事労働も考えなければなりません。
こう考えると、私の労働は単に私の金銭的支出(1500円)のみならず、金銭では測ることのできない膨大な人の時間と労力が費やされていることがわかろうというものです。
この話題を深堀したい人は是非とも、まずこのリポートを読んでみるといいと思います。また、参考文献としては、『武器としての資本論』をオススメします。

ベーシックインカムについて

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カキクケコトリは学生や若い人々のために使ってほしいと思っていて、じゃあ、高齢者は使えないのか、これは、排除じゃないか、とお考えの向きもあろうかと思います。
まず、最初に強調しますが、カキクケコトリは若い人に使ってもらうことができるとは書いてありますが、誰かダメ、というように積極的に排除するような文言は一言もありません。ですので、それは思い過ごしであるということは確認したいです。その上で、ではなぜわたしが、若い人にまず使ってもらいたいと、「私が思っている」のか?その理由を述べます。

こんにち現代日本にあって、高齢者と若者、もっと言うと、退職して年金を受給している世代と、その年金の原資を自らの賃労働の一部から捻出している現役世代とでまず区別しなければならない。この区別は、税の再分配や社会保障、公正の観点から必要な区別ですが、その理由は制度の建て付け状、そこが区別されているからに他なりません。したがって、私が思っていることは決して差別や排除ではないのです、少なくとも私の。
そもそも、高齢者にくらべて今の若者は、社会的には相対的に不当に不利な立場に置かれてしまっている。その彼らの不利益を少しでも是正するために私はこの施設を、高齢者ではなくて、まず若者に使ってもらいたいと思ってやっているのです。これはある種のアファーマティブアクションといってよいでしょう(後述)。
日本がシルバーデモクラシーと言われてもう何年も経っています。政府与党は、有権者=高齢者ですから、高齢者を利する政策を重点的にとるようになるのが民主主義では自然な流れです。政策は自然と高齢者に有利なように組み立てられ予算も執行されます。
よく、若者の高等学費無償化、とか、待機児童をゼロにする、といった若い人たち向けの再分配政策に対し、財源はどうするんだという声が聞かれます。
一方で、現状では年金や高齢者医療のお金が足りないので、自治体や国は毎年膨大な額をその支払のために予算を充てなければなりません。財源はもちろん国債になります。
しかも、現代日本の年金制度は積立方式ではなく、賦課方式です。これはどういう制度かというと、いまの受給者が受け取るお金は、過去に彼らが積み立てたお金を取り崩しているのではなくて、「今の」現役世代の賃労働収入の一部を天引きするかたちでその財源としているのです(それでも足りない分は国債となる)。
昔、それも20…

『自分の薬をつくる』(坂口恭平・著 2020年初版)

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カキクケコトリは大量の本を置いて、いつでも開いています。若い人ならだれでも入って本を読んだり勉強できます。
建物を、何の場所だか全く理解できずに、いぶかしがって通り過ぎる人は大勢います。学生のカップル、サラリーマン(サラリーウーマン)、おばちゃんやおじちゃん(犬を連れていることが多い)たちです。
自分たちが属している世界に何の違和感もない。それどころか身も心も充足してあらかたお腹がいっぱい。そういう人が、死にたくなることはまずないのです。
でも、だんだんと、そういう人たちは減ってきています。どういう人が増えているかと言えば、死にたくなる人たちです。統計で調べたわけではないんですけれども、心療内科の数、うつ病患者の数、そして、『自分の薬をつくる』に書いてある電話番号「いのっちの電話」に電話する人。ちょっと注意して観察すれば、死にたくなる人が増えているというがまぎれもない事実であることがわかります。
この本を読んで、私は死にたくなった人もぜひ、カキクケコトリ管理人の私に電話してほしいと思いました(電話番号はコトリの中に書いてあります)。
私は、何者か、心療内科医か?カウンセラーか?いえいえ、とんでもない。何の資格もないです。坂口恭平さんだってそうです。そもそもこの場所、カキクケコトリも意味不明の、役割がよく定まっていない場所です(入室する理由は書いてありますが、防犯のため)。
役割がよく定まっていないこと。そこが重要です。死にたい人に必要なのは、死にたくなったその人が負わされている役割をいったん終了して、別の役割を見つける作業に寄りそうことだと思います。
思い返すと、カキクケコトリを調えるための私たちの作業も、そういう意味合いを多分に帯びていました。別に誰に頼まれるのでもなく、パン屋のおっさんである私と、浪人生の藤川はここを作ることに決め、簡単な図面を書いて、材料を調達し、ペンキを塗り、木材を組み立て、掃除をし、明かりをともしました。その作業の一つ一つが、「パン屋」「浪人生」といった普段の既存の役割からの解放であり、息抜きだったのです。
ですからここの役割や定義がよく定まっていないのは道理なのです。そういう必要がないのです。
つまりカキクケコトリは場所の名前というよりむしろ、役割から自由になるための作業の契機につけられた名称です。したがって、死にたい人はカキクケコトリに参加することがで…

カキクケコトリの電気代について

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毎日、日が落ちるとカキクケコトリの大きな窓を人々がのぞき込んで通り過ぎていきます。窓から、ランプやシャンデリア、間接照明で照らされた大きな書棚が光り輝いている様子が見えます。
あんなに明るくして、しかも24時間つけっぱなしにしているなんて、電気代がもったいないと思った人は少なくないでしょう。もちろん、それを支払っている私が一番気になっています。ですからしっかり計算して、電気代を許容できるレベルにするべく計算したり工夫をしています。今日はどういう計算でカキクケコトリの電気代がいくらなのか、皆さんと一緒にシェアしていきたいと思っています。
1kwhあたり20円
さて、一番気になる、カキクケコトリの電気代。1日当たり冷蔵庫とエアコンをつけると8kwh、つけないと2kwhくらいです。
1kwh はおよそ20円ですから、エアコン、冷蔵庫を使った日は160円程度、使わない日は40円程度ということになります。
エアコンは上にボタンがあって消すことができますので、誰もいないときは消してくださいますと助かります。
エアコンの上の操作パネルは高い位置にあります。奥のエリアの左側の机の下にふみ台を用意しました。こちらに乗っていただくと、操作できると思います。
ちなみに、電気代の目安はどう考えればいいでしょうか?
100ワットの電球をご存じでしょうか? たぶんほとんどの人はイメージがわかないと思います。電球を買う際に、必ず、明るさの目安として60W相当とか、40ワット相当とか、20ワット相当というのを目にすることができますよね。一番明るいのはたぶん、100ワット相当ではないかと思います。
これは実際、それぞれのワットの電球を買ってきて家で試してもらえると実感できます。100ワット相当はかなり明るい。なんちゃらワット相当でいうときの明るさの目安のレベルでいうと、なにしろ一番明るいんです。
むかしは、「相当」とか言わなくても、そのまま消費電力量に直結していました。今はLED電球が普及して、100ワット相当でも、実際は8ワットしか電気を必要としません。電気代は電球一つとっても、90パーセント以上安くなっているのです。
これは技術が進歩したからなんです。70年代に想定された未来は、21世紀は人類は石油がもう枯渇してしまっているので、やばいと本気で語られていました。でも、テクノロジーが進歩して、省エネルギーで昔、いや昔…