投稿

7月, 2020の投稿を表示しています

はじめての方へ 2020.8.1版

イメージ
カキクケコトリは「サードプレイス」として、近隣店舗のうちくらしをあそぶ展、オリーブガーデン、出茶屋小屋ご利用のお客様並びに、奨学生から浪人、大学生までの学生さん、保護者同伴の就学前のお子様に無料でいつでも自由にご利用いただいております。 施設内では、備え付けの本を読んだり、机で勉強したりできます。また、お子様には奥の棚に置いてある知育玩具で遊んだり、絵本を親子で読んで時間をお過ごしいただけます。 書籍については、貸出も行っております。貸出の方法やその他詳細につきましては、 GUIDE のページをご覧下さい。 当施設の運営者( PEOPLE )が書く、書評、哲学関連のエッセイがこのウェブサイトに投稿されることがあります。「登録」ボタンからメールアドレスを登録していただければ、更新したらメールで本文が届きます。

kindle本で「聞く読書」(オーディブルではなく)

イメージ
「アレクサ、Kindleの本の途中から再生して」 「アレクサ、本を読んで」でも可 端末に話しかけるだけで、kindleで前に読み途中だったところから、音声が読み上げてくれます(人工音声。俳優の朗読つまりオーディブルではない)。「アレクサ、再生スピードをもっと速くして」「アレクサ、戻って(30秒戻る)」などもOK。 一方、(アレクサではなくて)kindleの音声読み上げ機能なら、画面にページを表示して、自動でページもめくられます。三倍とか四倍にできるので、読む速さで音声を再生しておけば、自動ページ送りの完成です。ちなみにアレクサとKindleの読み上げ音声は異なります。アレクサのほうが人口っぽさは薄れているように思えます。 運転や家事をしている最中など画面を見ることができないときはアレクサに読み上げさせ、ページの字面を追えるのならkindleの音声読み上げを使えばよいでしょう。 ちなみに、AIがビッグデータから漢字の音読み訓読みを判断しているためか、以下のような奇妙な漢字の読み方をすることがあるんですが、まあご愛敬ということで。 正義を「まさよし」と読む。だれ? 一日で、を「ついたちで」と読む。日付じゃないし。

『現代経済学の直観的方法』(長沼伸一郎・著 2020年初版)

イメージ
この本の著者はいわゆる経済学者ではありません。 タイトルがいかめしい(漢字が多くてごつごつしている)のでまったく取っつきにくいかもしれませんけれども、およそわたしが読んだ経済学関連の書籍のなかでは圧倒的に親切です。 この本を読むと、というか、章ごとに著者は、この章を読むことで読者にもたらされるメリットや効能を、毎回、うれしいほどに繰り返してくれます。 読者の立場にしっかり立って、脱落しないように頻繁に励ましてくれるのです。 読書体験というのは、繰り返せば繰り返すほどどんどん知識がひろがっていき、楽しくてやめられなくなります。 はじめの一冊を読み通すのは、いつの時代にあっても、だれにとっても困難な挑戦です。ですからとにかくむずかしい専門的なことをひたすら書いてある本はどうしても途中で挫折してしまいます。 この本はそういうことはありません。章ごとにしっかり独立していて、読むことのメリットを教えてくれるので、読もうという気になりますし、この本はタイトルの厳めしさとは裏腹に、かなりユーモアもあるし、ワクワクするし、新しいことを知る驚きや興奮に満ち溢れています。 すでに経済や貨幣についての知識をお持ちの方は、Amazon EchoやFire端末のkindleでこの本を読むことができると思います。 現代経済学の直観的方法

グリーンを置いてみました

イメージ
管理人の市原です。 今日はオリーブガーデンさんのご協力の下、建物前にグリーンを置いてみました。 建物の外観はもともと経年が長かったため、かなり汚れてペンキも剥げていました。 しかし手前にグリーンを配置したところ全く印象が変わり、なんだかいい感じの空間になりました。今日置いたばかりなのに、もう何年もずっとそこにあったかのような印象です。

陰謀論はナチズムに近いのか

イメージ
どうも、管理人の藤川です。 陰謀論、たまに好きな人いらっしゃいますよね。 政権に対して、隠ぺい工作しているとか、人工災害だとか。残念ながら、それが嘘だという証拠はありません。やっていないことを証明するのは悪魔の証明と呼ばれていて、無理なんです。私は20年生きてきましたが、この20年間で殺人を犯していないという証拠は持っていません。今これを読んでいるあなたも、恐らく同じでしょう。やった証拠がないのであればそれは証拠にならないのです。 また、陰謀論を大いに利用した過去の団体がありまして、ナチスと言うんですが、彼らは「ユダヤ人がドイツ人を搾取している」と言い切り、ホロコーストにのり出すわけです。ユダヤ人は確かに金貸しが多く、裕福な人もいましたが、もちろん普通の人もいたわけです。 では、なぜ多くの国民が信じてあのように悲惨な結末を迎えたのか。 陰謀論、楽なんだと思います。自分で根拠を探す必要はなく、そして、周りの人よりも自分が穿った見方をしているように感じることができる。実際にはただ盲目で、何も見えていないからなんですが。 まあ、何が言いたいかというと、見えるもの、根拠のあるもの以外は信じないほうがいいですよって話です。 もし、先に結論ありきで話をしたいのなら死に物狂いで根拠を見つけなければいけません。 もし、やっていない証拠がないなら有罪だ、という理論がまかり通ってしまうようになれば、中世の魔女狩りよろしく、訴えた人間が勝つ、うわべだけの裁判が行われる、ディストピアの完成ですね。

優性思想はダメ!ぜったい

イメージ
皆さんこんにちは コトリの管理人です。 特に参考資料もなにもない私個人の考えた駄文でも綴ろうかと思いこれを書いています。 最近問題になっている優性思想についてでも話そうかなと。 (画像は関係ないです) 人の遺伝子は当たり前ながら人それぞれに違います(クローンの作成は禁止ですしね)。優性思想を持つのは 他人に害をなさない限り は完全に自由です(思想の自由がありますし、ただし口に出した時点で恐らく害になりますし、炎上します)。優性思想について倫理的な欠点を考えるというのはいくらでも可能ですので(ホロコースト、黒人差別、デザイナーベイビーetc...)、私の優性思想への反論は「今あなたが選んだ優性と思っている遺伝子」は本当に優性なのか、という点で行こうかなと 例えば、 仮に 現代において「身長190cm未満の人は生物的に弱いので全部淘汰します」という条約を世界中の国が結んだとします(もちろん私も淘汰対象です)。で、世界中が身長190cmを超えたモデル体型だけの人で運営されるようになりましたと。しばらくたって未曽有の大飢饉が世界で起こりました。背の高い人は表面積が大きいので消費カロリーが基本的に多いです。身長160cmの人よりもたくさん食べないと生命を維持できないです。結果、皆さん栄養が足りずに餓死してしまいました。これ、背の低い人が生きていれば、なんとか食いつないで人類は生き延びたかもしれません。 とどのつまり、優性思想は勝つ馬にだけ賭けるようなものかなと考えてるわけであります。(勝つ馬にだけ賭ける方法をご存じの方がいらっしゃいましたら是非ご連絡ください) 今日優れていると思っていた能力は明日は無意味な可能性があります。逆に全く無意味に思える能力が役立つ日が来るかもしれません。 優性思想に基づいた淘汰の先には危機への対応能力が欠如した集団が出来上がるように感じるのは果たして私だけでしょうか。 参考資料などは特にないですが、根本的な考えはアマルティア・センのケイパビリティの考えに影響されているのかなと思います

『永遠平和のために』(カント・著 1985年岩波文庫改版)

イメージ
こんにちは、コトリの管理人です。このブログではの私の趣味である「読書」を通じて感じたことや、思ったこと、おすすめの本について発信していく予定です。 今回取り扱う本は、題名にあるように、『永遠平和のために』(カント著、宇都宮芳明訳)です。 まずここで、著者である イマヌエル・カント について少し述べます。 カントはプロイセン王国で活躍した18c~19cの哲学者で、著作に三批判書と呼ばれる「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」を持っています。ドイツ古典哲学の祖と呼ばれ、後世では日本の西田幾多郎という哲学者をはじめとして、多くの人物に影響を与えました。 そんな彼の著作の中で異色のものになる「永遠平和のために」。これのどこが異色かといいますと、この本、哲学書というよりは政治についての考察本なんです。現代にある国際連合の理想形についての考察が18cの時代を生きた人物によって書かれたということは驚くべきことではないでしょうか。 第一章 第一章のエッセンスは6つです 完全な平和条約の締結 国家の売買の禁止 常備軍の完全な撤廃 国家の対外紛争への国債発行の禁止 他国の内政への暴力関与の禁止 戦争時、将来への遺恨を残す行為の禁止 さてここではひとまず「完全な平和条約」、「常備軍の完全な撤廃」について考察していきたいなと思います。 完全な平和条約 とは何か、カントは「平和とは一切の敵意が終わることで、永遠のという形容詞を平和につけるのは、かえって疑念を起こさせる語の重複であるとも言える」と述べています。 この条項の定義では、再戦の危険を孕む平和条約はとどのつまり、休戦条約でしかないのです。カントの時代の平和条約は互いに戦争を続ける能力が残っていないために結ばれたものであったのであって、そこには国力が回復した際の再戦の余地は充分に残されていたようです。 さて、現代ではどうでしょうか。現代の平和条約は原爆の恐怖のもと結ばれていると考えられるのではないでしょうか。互いに戦争をすれば致命傷は避けられない。故に平和条約によって消極的な平和を作る。というのが現代であり、私の考察に基づけば、いまだにカントがおよそ二百年以上前に理想とした「完全な平和条約」は達成されていません。 常備軍の完全な撤廃 についてカントは明記しています(「時とともに」という形容詞付きですが)。 軍というものは存在する

カキクケコトリがリニューアルオープン

イメージ
本日、工事を終えてカキクケコトリはリニューアルオープンしました。 これまでカーテンでは入れなかった奥のスペース、約1.8メートルほど拡張して、書棚を新設しました。 広々した机も整備。またポータブルエアコンや冷蔵庫も置いてあります。 新設スペースの書棚にはおもに英語の絵本や知育玩具を置いております。「コトリフレンズ」の皆さんはシェアしていただけます。方法はGUIDEをご覧下さい。