優性思想はダメ!ぜったい

皆さんこんにちは
コトリの管理人です。
特に参考資料もなにもない私個人の考えた駄文でも綴ろうかと思いこれを書いています。
最近問題になっている優性思想についてでも話そうかなと。
















(画像は関係ないです)

人の遺伝子は当たり前ながら人それぞれに違います(クローンの作成は禁止ですしね)。優性思想を持つのは他人に害をなさない限りは完全に自由です(思想の自由がありますし、ただし口に出した時点で恐らく害になりますし、炎上します)。優性思想について倫理的な欠点を考えるというのはいくらでも可能ですので(ホロコースト、黒人差別、デザイナーベイビーetc...)、私の優性思想への反論は「今あなたが選んだ優性と思っている遺伝子」は本当に優性なのか、という点で行こうかなと

例えば、仮に現代において「身長190cm未満の人は生物的に弱いので全部淘汰します」という条約を世界中の国が結んだとします(もちろん私も淘汰対象です)。で、世界中が身長190cmを超えたモデル体型だけの人で運営されるようになりましたと。しばらくたって未曽有の大飢饉が世界で起こりました。背の高い人は表面積が大きいので消費カロリーが基本的に多いです。身長160cmの人よりもたくさん食べないと生命を維持できないです。結果、皆さん栄養が足りずに餓死してしまいました。これ、背の低い人が生きていれば、なんとか食いつないで人類は生き延びたかもしれません。

とどのつまり、優性思想は勝つ馬にだけ賭けるようなものかなと考えてるわけであります。(勝つ馬にだけ賭ける方法をご存じの方がいらっしゃいましたら是非ご連絡ください)
今日優れていると思っていた能力は明日は無意味な可能性があります。逆に全く無意味に思える能力が役立つ日が来るかもしれません。
優性思想に基づいた淘汰の先には危機への対応能力が欠如した集団が出来上がるように感じるのは果たして私だけでしょうか。

参考資料などは特にないですが、根本的な考えはアマルティア・センのケイパビリティの考えに影響されているのかなと思います




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