『フーコー入門』(中山元・著 2005年初版刊行)


おもしろ。 

 

リカードが価値の源泉と考えたのは、もはや古典主義時代のように表象の能力によって規定することはできない人間の生身の労働である。リカードは人間の身体を消耗させる労働という概念に基づいて、価値の形成と価値の表象性を分離させた。これによって経済という概念そのものに、時間と歴史が浸透し始める。

 リカードにおいてはこの歴史は、窮乏の歴史であり、財の稀少性の歴史であった。「歴史の一刻一刻において、人間は死の脅威のもとで労働するほかない。すべての住民は、新しい資源をみいださなければ、消滅するように運命づけられている」。このように経済を可能とし、必要とするのは、稀少性という基本的な状況であり、労働はこの稀少性を一時的に克服し、一時的に「死に打ちかつ」方法である。

ホモ・エコノミクスとは、人間自身の欲求と、欲求を満足させる物を、自らのうちで表象する人間ではない。差し迫った死から逃れるため、その生涯を過ごし、すり減らし、失っていく人間にほかならない。それこそ有限な存在なのである。(『言葉と物』第八章)

中山元.フーコー入門(ちくま新書)(Kindleの位置No.1117-1126).筑摩書房.Kindle版

まあこれ読んで、思い当たるのは私の「逃避癖」(診断としてはADHD)であろう。結局わたしが何から逃げているかといえば、もう何十回、何百回とやってきた単調な仕事からである。

  • 皿洗いや掃除
  • 経理や行政手続き
  • 仕事の諸々

これらは、着手すれば必ず一定の時間を消耗することが分かっている。皿洗いは、10分。経理は、1時間。仕事は、3時間、等々。時間は否応なく認識されている。作業完了までにかかる経過時間を認識している。

着手すれば、その作業を終えるのに必要な定型時間分だけ、私は死に近づく。もっとも避けたい「死」に、最も確実に近づくことになる。つまり、ルーティンワークの着手(開始)は、我が人生の残り時間を計測するタイマーのスタートボタンを押すことに等しい。まるで自分が、死刑執行のボタンを押すようなものだ。これほどの苦痛はないだろう。ルーティンワークの履行とはすなわち死刑執行人として収監されている私にもたらされる「執行日までの残り時間」の宣告にほかならない。

こういう私の実感は、リカードにもシェアされていたことが、この本を読むと分かる。

すべての人にもたらされる死。その有限性の認識こそが、人間の動機において最大で、しかもじつは唯一とさえいえるものである。

現代資本主義社会はここ数百年、その本質においてはほとんど変わっていない。弱者は、生来の強者がより長く死の恐怖から逃れられるように、自分たちの時間と労力を使って上記のようなルーティンワークを担わされてきた。自分たちは死の恐怖から逃れることは決してできない。

私はコンサータという、注意欠陥多動症(ADHD)の症状の緩和の目的で医師に処方されたクスリを飲むことで、この死の恐怖をあまり感じることなく、ルーティンワークをできるようになっている。しかし、単にそれは私の奴隷的な奉仕活動をやりやすくなっただけのことで、わたしが依然として強者の死の恐怖からの逃亡のための運動に人生の大部分の時間を提供し続けなければならないというこの構造から自由になったわけではない。

さて、読書のメリットとしては、こうしたメタ視点を持つことにより、過労死や鬱病を事前に防ぐことができることがあげられる。しかも低コストだ。この本は千円もしない。

どういうことかというと、たとえば普通に働いて家をローンで買って、みたいな人生の場合は全力で死へのタイマーが作動している人生ということになる。しかし、そうした認識を持たない場合は、毎日働くことが、ローン返済とか、こどもや家族のためとか、上司や顧客のため、株主のため、みたいな「フィクション」(ハラリ)に基づく自己欺瞞で日々をやり過ごさなければならなくなる。

ところがそうした自己欺瞞を続けていけば、必ず精神的に無理が来て、死にたくなったりする。たぶん、人は一日のうち、かなりな時間を、死の恐怖かを感じないで済む現実逃避の時間が必要だ。それは休息とか、瞑想とか、社交や遊びで達成される諸活動である。

こうした時間が少ないのなら、その人生の先に待つのは過労自殺しかなかろう。

わたしがこの本で認識したのは、偉大な学問や哲学的な考察の大元には、じつは死という有限性があるということだ。この死の有限性、人間の有限性は、哲学や経済学、心理学などに関心を持つ一部の好事家に任せておいていいものではない。

毎日すべての人が、自分の問題として引き寄せてこれに向き合い、考えることがぜったいに重要だろう。この本はそういうことに気づかせてくれる。

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