ベーシックインカムについて

カキクケコトリは学生や若い人々のために使ってほしいと思っていて、じゃあ、高齢者は使えないのか、これは、排除じゃないか、とお考えの向きもあろうかと思います。

まず、最初に強調しますが、カキクケコトリは若い人に使ってもらうことができるとは書いてありますが、誰かダメ、というように積極的に排除するような文言は一言もありません。ですので、それは思い過ごしであるということは確認したいです。その上で、ではなぜわたしが、若い人にまず使ってもらいたいと、「私が思っている」のか?その理由を述べます。

こんにち現代日本にあって、高齢者と若者、もっと言うと、退職して年金を受給している世代と、その年金の原資を自らの賃労働の一部から捻出している現役世代とでまず区別しなければならない。この区別は、税の再分配や社会保障、公正の観点から必要な区別ですが、その理由は制度の建て付け状、そこが区別されているからに他なりません。したがって、私が思っていることは決して差別や排除ではないのです、少なくとも私の。

そもそも、高齢者にくらべて今の若者は、社会的には相対的に不当に不利な立場に置かれてしまっている。その彼らの不利益を少しでも是正するために私はこの施設を、高齢者ではなくて、まず若者に使ってもらいたいと思ってやっているのです。これはある種のアファーマティブアクションといってよいでしょう(後述)。

日本がシルバーデモクラシーと言われてもう何年も経っています。政府与党は、有権者=高齢者ですから、高齢者を利する政策を重点的にとるようになるのが民主主義では自然な流れです。政策は自然と高齢者に有利なように組み立てられ予算も執行されます。

よく、若者の高等学費無償化、とか、待機児童をゼロにする、といった若い人たち向けの再分配政策に対し、財源はどうするんだという声が聞かれます。

一方で、現状では年金や高齢者医療のお金が足りないので、自治体や国は毎年膨大な額をその支払のために予算を充てなければなりません。財源はもちろん国債になります。

しかも、現代日本の年金制度は積立方式ではなく、賦課方式です。これはどういう制度かというと、いまの受給者が受け取るお金は、過去に彼らが積み立てたお金を取り崩しているのではなくて、「今の」現役世代の賃労働収入の一部を天引きするかたちでその財源としているのです(それでも足りない分は国債となる)。

昔、それも2000年代初めころは、ひとりの高齢者の老後を支えるのに、10名以上の現役世代がいました。今は、たったふたりの現役世代が、ひとりの高齢者を支えています。もちろん、趨勢的に給料が下がっていますので、それだけでは足りません。ですから足りない分は国債でまかなっているのです。

今の高齢者が、たしかに言い分としては、「自分たちだって高齢者の面倒を見てきたんだから、今の若い人がそうするのは当たり前」というのは道理ですけれども、問題は、若い人の数が昔と違って相対的に少なすぎて、制度がおかしなことになっていることです。そういう、「昔はオレだってこうだった、だから今の若い人だってこうだろう」みたいな「お話し」のレベルで私は物を書いていません。

じつはこうしたこと(つまり少子化で高齢者を支える現役世代が足りなくなり制度が破たんすること)はもう何十年も前からわかりきっていたことですが、政治の不作為つまり怠慢により、問題があるのに未着手のまま、放置されて8月31日になった夏休みの宿題のごとく今があるのです(しかもコロナというとんでもない風邪をひいているので、宿題が新学期に提出出来るかどうかは絶望的)。

以上述べたように、財源論(財源はどうするんだ問題)において最も顕著ですが、高齢者向けの既存の支出の財源は不問に付され、これからの社会を作る若者に給付となるととたんに財源どうするんだとか、騒がれはじめる。まさにシルバーデモクラシー全盛時代の光景です。ピヨピヨ(しかも正確な所得や資産を把握して少しでも適正な再分配に使用とマイナンバーに銀行口座をヒモ付けるとかいうとまた批判が殺到する、まったく困った)。

このような社会で、若者は妻帯してこどもを作って家を買って働こうということに希望が持てるかというと、なかなかむずかしい。しかし、そうしてくれないことには、結局高齢者向けサービス給付の財源の担い手である現役労働者の人口が増えないことから、高齢者への給付はまかなえなくなる。とんでもなく大きな政治的ジレンマがあるのです。

さて、表題ですが今、コロナ禍で、ベーシックインカムを導入すべし!!という議論が、右派、左派問わずマスコミを賑わすようになっています。国政政党の党首の口からも、ベーシックインカムや、それに類する負の所得税を政策として聞かれるようになりました。

そして、特定給付金が一律配られるに及び、これまでそうしたお金をもらったことがなかった現役世代の国民は、分かったと思います。いいじゃんこれ、と。ただ、高齢者はすでに年金という形で、毎月お金が振り込まれているので、それが多少増えてもインパクトは薄いでしょう。

それはそうと、ベーシックインカムとはじゃあ、なんぞやと。いろいろ気になるぞと。そういう方のために、動画をふたつ選んでみました。ぜひご覧頂きたいと思います。

さて、カキクケコトリが若者に利用を限定しているのは、ある意味、この施設の設置と運営は私のアファーマティブアクションだからです。アファーマティブアクションというのは、社会にあるいろいろな差別や格差を是正するための活動のことです。

娘が使った高校倫理の教科書に書いてあったんですが、ハンナ・アーレントという哲学者が、よい民主主義社会、市民社会のためには、人間生活に労働、仕事と区別されるもう一つの領域、彼女はそれを「活動」と言っていますが、そういうのが必要だと。カキクケコトリに注がれる私のモティベーションも、まさにその活動です。え?昨日はパン屋の主人の仕事の気晴らしだって言ってたのに? 大丈夫か、一貫性ないけど。


UBIはさまざまな問題点があり、完璧な解決策ではないものの、さまざまなデメリットを補ってあまりある巨大なメリットがあるから導入した方がよいという動画。とりわけ現在のコロナ禍では説得力が大いに増している。


ベーシックインカムもよいが高齢者に配っても消費にまわさず貯蓄されてしまう。消費性向の高い、お金のない若者にまずは優先的に現金を配るべきだという提案。なお、貯蓄にまわされてしまっても、あとでそれに課税するしくみをととのえれば問題ない。そのためにも、マイナンバーに銀行口座をヒモ付ける施策はぜったいに進めるべきだと思う。

さて最後になりますが、コトリでは書籍の販売をはじめますけれども、書籍はこうしたネットメディアや、SNSで知己が書き散らした「つぶやき」と異なり、非常に重要で大きな、それでいて理解するのにたくさんの文章を読んで知識を把握しなければならない問題に取りかかることができる唯一のメディアなんです。

たとえば、節約、とか、貯金、というのはとてもいいことのように語られますけれども、資本主義からすればそれはお金の総量を社会から消し去ることとなるため、特に銀行からの貸し出しが減っているこんにち、社会全体は貧しくなる一方だ、とかです。わたしがここで三行で書いても、ぜんぜん正確じゃないし、説得力ゼロなんですけれども、千円とか二千円とか払って本であなたが読めば、間違いなくとてつもない「腑に落ち」感を売ることができますし私は得ることができました。しかも、本に支出するお金が高ければ高いほど、読んで血肉にして元を取ろうというところから根性が出てくる(笑)。そういう本を売るわけです。しかも非対面型サービスというかたちで。どうやって?それはお楽しみに。ヒントは冷やして売る。

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